自由を履き違える自分勝手な考え方って

自由に生きるにはと自分に問うと、

それは好きな事を好きな時間にする事、

やりたい事を好きなようにやる事

それをする事で幸せを感じること

やりがいもあり成長して、しかも縛られていないという感覚を得る事

とまあ自分本位な事が次々に浮かんでくるんです。

本来自由とは、今いる場所や状況に囚われる事なく、今を楽しむ事が、何にも囚われることのない自由なんじゃないかと思ったり。

しかし今までは、それを自分本位だとは、思っていなかったのですが、

その自分本位な考えを、実行できず邪魔をされたり、反対された時に、

僕はなぜ反対されるのか、わからなかったのです。

すぐに人間変われるものでは有りませんが、この出来事に対しては、反省して教訓にしたいと思いました。

反対する理由も納得できるものでも有りませんが、僕が反対された時に取った反応がよくなかったのは分かりました。

僕はその反対意見に怒りを感じたのです。

なぜ自分の邪魔をするのか。

反対意見を自分の邪魔をする事と受け止めていました。

反対意見は邪魔ではなく、邪魔だと思う事で行動を誤ってしまうのです。

その結果、お互い言わないでいい事も言ってしまい、その事で反省して行動が取れなくてなってしまいました。

僕が取るべき行動は、怒りを表現する事ではなく、話を聞く事でした。

反対する人も実は、反対する気持ちを表現しているだけで、相手を止める事はできません。

話を聞いた上での、僕の考えを伝えて平行線を辿る時は、自分の信じる道を進めば良かったのです。

怒りを表現する事もなく。

自由を求めて、自分が好きな事をやっている時しか自由を感じないのでは、いつまでも不満を抱えてしまいます。

求めていた事が手に入っても新たな不満の種が芽生えてくるでしょう。

それならば今の状況に囚われる事なく臨機応変に対応して、今を楽しむ事に全力を尽くした方が賢明なようですね。

 

 

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

こうの次郎

はじめまして、管理人の[こうの次郎]です。 1983年生まれの福岡県在住です。 高校のとき、難病と認定をされたのですが、 僕自身がそれを認めませんでした。 薬を飲まずにいたら、病院の先生に怒られてへこみまくったのですが、 さらにガン無視しました。 なので今僕は普通に、健康的に生きています。 最近はゆっくり体を鍛えていこうと思っています。 何もない僕が日々の出来事や感じたことを、書いていきたいと思います。 ブログを通して、自分がどんな感じになるかを 僕自身が楽しみに運営していきます。